引用元:・https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1587950342/


1: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:19:02 ID:keR

1人4役 中日の"スーパー裏方"ルイス通訳は22歳で現役を断念…森繁和さんとの出会いが最大の転機

 あのときとは1998年秋。広島の練習生として2年目が終わる際に球団からこう告げられた。「ブルペン捕手として残ってくれないか」。ジャパニーズドリームがついえたにもかかわらず、22歳の青年は即答した。「喜んでやりますよ」。裏方人生が始まった。

 肩書に通訳が加わったのは鶴の一声がきっかけだった。「お前、日本語うまいな」。声の主は松田元オーナー代行(現オーナー)。2軍の由宇球場を視察した際、片言のあいさつに驚いた総帥はさらにこう続けた。

 「日本語勉強したいの? それなら球団が費用を出すから日本語学校に通って来いよ」

 試合のない月曜に広島市内の学校に通うこと3年。「5年くらい日本で勉強して、その後ドミニカでカープアカデミーのディレクターをやってほしい」。裏方に転身する際、球団からはそう言われたが、実現することはなかった。日本に欠かせない存在になっていた。

 ただ、労働環境は厳しかった。広島2軍のブルペン捕手は1人だけ。「一日中ずーっと俺1人で受けてた。本当に大変だった」。月給は「15万円」。母国には妻子もいる。30歳になっていた2006年オフ、ついに退団を決めて帰国した。

ルイス・フランシス1

https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/202004/CK2020042602100039.html

3: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:20:38 ID:iFP
これはかわいそう

4: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:20:55 ID:8Xm
かわいそう

5: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:21:07 ID:z0F
二軍1人だけとかブラックすぎやろ

6: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:21:13 ID:gm0
金ないわけやないのにな

7: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:21:31 ID:Gb7
2006年か
一番あかん時やな

8: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:21:36 ID:Z4h
選手には何億も払ってるのにW

10: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:22:28 ID:9vY
>>8
その時期にはそんなに…

12: 名無しさん@おーぷん 20/04/27(月)10:22:57 ID:Nb1
球団の金で日本語学校行ってるやん
そこで培ったスキルで通訳になっとる

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